セ大聖堂
全長 76 メートル、幅 55 メートルの巨大なセ大聖堂は、アジア最大の教会です。1562 年にポルトガル国王ドン・セバスティアンの命により建設が開始され、約 90 年後にようやく完成しました。外観はトスカーナの伝統に則った簡素なスタイルで有名です。また、1776 年に落雷により鐘楼の 1 つが倒壊したため、やや不均等な外観になっているのも注目に値します。
残っている塔には有名なシノ・デ・オウロ(金の鐘)が収められています。これはアジア最大で、その豊かな音色で知られており、かつては異端審問の悪名高い残酷な裁判に合わせて鳴らされていました。オートスダフェ(信仰の試練)は、当時は市場広場であった大聖堂の正面にありました。
大聖堂の巨大な内部は驚くほど簡素です。入って右側には、1532年に作られた洗礼盤がある小さな鍵のかかったエリアがあります。聖フランシスコ・ザビエルが使用したと言われています。メインの柱には、聖フランシスコ・ザビエルと聖イグナチオ・ロヨラを描いた2つの小さな小像がはめ込まれています。身廊の両側には4つの礼拝堂があり、そのうち2つには入り口を横切るスクリーンがあります。聖体礼拝堂壁や天井の隅々まで豪華に金箔で装飾されており、大聖堂の内部の厳粛さとは対照的で、見事な造りです。
反対側、身廊の右側には、もう一つのスクリーン付き礼拝堂、奇跡の十字架礼拝堂1619年に地元の羊飼いが作った簡素な十字架(クルス・ドス・ミラグレスとして知られる)が、オールド・ゴア近くの丘の中腹に建てられたという話があります。十字架は大きくなり、何人かの目撃者がその十字架に掛かるキリストの幻影を目撃しました。幻影が現れた場所に教会を建てる計画があり、教会が建設されている間、十字架は近くに保管されていました。新しい教会に十字架を移す時期が来たとき、十字架がまた大きくなっていることがわかり、十字架を収めるために教会の扉を広げる必要がありました。十字架は1845年に大聖堂に移され、すぐに病人の嘆願の場所となり、現在もその場所が続いています。
主祭壇の上には巨大な金箔張りのレレドス(装飾スクリーン)がそびえ立っており、その 6 つのメイン パネルには、大聖堂が捧げられた聖カタリナの生涯の場面が彫られています。聖カタリナはアレクサンドリアで斬首され、ここにある絵画の中には、処刑を待つ聖カタリナや天使によってシナイ山に運ばれる聖カタリナの姿が描かれています。
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