ローマ通りの南東約1km、ボナリア丘陵の頂上にあるこの宗教施設は、非常に人気のある巡礼地です。世界中から信者が訪れ、控えめな14世紀のゴシック様式の教会の聖域を訪れ、祈りを捧げます。ボナリアの聖母、嵐のときに船員を救ったとされる聖母マリアとキリストの像。聖域の右側にあり、連絡扉から入ることができる高くそびえる大聖堂は、帰路に着く船員にとって今でも目印となっています。
メルセダリ修道会の歴史的な本拠地であるこの聖域は、もともとアラゴン人が築いた要塞化された敷地の一部でした。スペイン人は1323年にカリアリに到着し、ピサ人からこの都市を奪取しようとしましたが、彼らが直面している状況を目の当たりにすると、モンティセッドゥの新鮮な山腹に陣を張りました。この山は、時が経つにつれて、そのきれいな空気からイタリア語の「ボナリア」から「ボナリア」と呼ばれるようになりました。良い空気「良い空気」という意味です。3年間の包囲戦が続き、その間にキャンプは独自の教会を備えた要塞に成長しました。
現在、要塞の遺跡は、ゴシック様式の門、当初は監視塔として使われていた切り詰められた鐘楼、そして教会を除いてほとんど残っていません。そして、教会には、崇拝されている聖母マリアとキリスト像があります。伝説によると、この像は 14 世紀の嵐のときにスペインの船員によって船外に投げ出されてから、海を静める魔法の力を発揮したとのことで、今でも船員たちは外洋での保護を祈っています。教会の祭壇の上には、15 世紀の小さな象牙の船が吊り下げられており、その動きはアンジェリ湾の風向きを示すと言われています。
聖域の展示室には、さらに多くの模型船や奉納物、カルロ・エマヌエーレ1世の金の王冠などが展示されています。博物館小さな回廊を通って入ることができます。教会内には、ペストに罹ったアラゴン貴族 4 人のミイラ化した遺体も安置されており、奇跡的にその遺体が教会内で保存されているのが発見されました。
聖域は巨大な新古典主義の大聖堂の隣にあります。大聖堂の建設は 1704 年に始まりましたが、資金が尽きたため、正式に完成したのは 1926 年でした。